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信念というのは、純粋に「なぜやりたいのか」という理由そのもの。
それは、対外的に完璧に説明しきるものではなくてもいいし、事業構造をまわすための理念とはまた異なる。 私がこれまで『理念』と呼んでいたものは、正確には『信念』だったのかもしれない。 私が言ってるのは事業構造が出来る前の『確固たる信念』だろう。 誰に認められなくてもいい。 誰にも理解されなくてもいい。 自分だけがその価値を知っている状態。 それでもやりたい。 やりたくて、やりたくて仕方ない。 理由の要らない衝動、そういう信念から生まれた理念は、ぶれない。 じゃあやろうと腹をくくってやってみたとして、これが全然うまく行かない。 上手く行かな過ぎて、辞めたくなったところで、捨てたくても捨てられなくもある。 捨てられないから、のたうちまわるほどの苦しみさえある。 明日食べるものに困るかもしれない。 支払いはたまる。 他の仕事を探したくもなる。 それでも戻ってくる。この「やりたい」という感情は、驚くほどしつこく、自分を呼び戻す。 事業はときに自己救済を孕む。 認められたい。 評価されたい。 その気持ちが強く入り込むと、本来価値を届けたかった相手ではなく、反応をくれる層へと軸がずれていく。 流行に合わせれば数字は伸びるかもしれない。 バズることもあるだろう。けれど、バズりたいなら廃れる覚悟を持つべきだ。 目立つということは、目立たなくなったときの苦しみも引き受けることだから。 しかも、バズで集まるのは希少性や独占性への反応であって、本質的な価値で選ばれているとは限らない。 信念を内包した事業理念があれば、その判断ができる。 どこに歪みが出るのか。 どこにリソースを配分するべきか。 信念と顧客像が明確だからこそ、ブランドは維持できる。 事業は積み上げだ。 感情だけでは事業は続かない。構造も必要だ 理念(土台) 事業設計 品質・体験設計(QSC・V) 発信・広告 価格戦略 利益 SNSは発信の一形態であり、土台ではない。 理念が曖昧なまま、広告だけを強化しても響かない。 GoogleやAIが評価しているのは、キーワードの羅列ではなく「なぜこの人はこれを語り続けているのか」という一貫性だ。理念という土台があるから、文脈が生まれる。その文脈が信頼になる。 信念に気づいてしまったなら、苦しみながらも歩くしかない。 楽ではない。 それでもブレずに積み上げてきたものは、やがて武器になる。 経験も知識も失敗も、すべてが一本の線でつながる。 その一貫性は、まず自分自身を裏切らない。 そして、自分を裏切らない姿勢こそが他者への証明になる。 その他者というのはAIが評価する軸そのものだろうから、時代が追いついてきたのかもしれないと、私は感じている。
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